心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう

仏教入門 「ひきこもり」連れて四国遍路

ひまわりちほりん

2003年9月6日、出立の日。

 19歳から37歳の若者の集団にしては、異様におとなしいのだ。みな一様にうつむき加減で、お互いに目を合わそうともしない。

 それもそのはず、この一行はひきこもりの若者たちが四国の遍路みちを歩く「第一回スローウォーク四国八十八」の参加者たちなのである。

 昨日まで見も知らぬ他人どうしだったひきこもりの若者たちは、四国八十八箇所一番札所の霊山寺へとそろわぬ足をはこびだした--。


 私が主催するNPO法人「ニュースタート事務局」(千葉県浦安市)は、十年前からひきこもりの若者たちを社会へと送り出す試みに取り組んできた。

 実はひきこもりは、精神的にはもちろん、肉体的にも相当な「苦行」である。若い元気な肉体と心では、何日も部屋にこもり続けることに耐えられるものではない。そこで、彼らは、いわば「心と体を仮死状態にする」ことで、ひきこもり生活に適応しているのだ。だから否応なく体を動かすことが、ひきこもりからの回復につながると考えるのである。

 地元の人々が遍路に対して施すことを、「お接待」と呼ぶ。私の祖母はお遍路さんに向かって手を合わせていたものだが、四国の人たちにとって、お遍路は弘法大師(空海)とともにある巡礼者であり、お接待をすることが功徳をなすことにもなると教えられた。

 お接待は、どこの誰だかわからない異邦人を受け入れ、それにかかわりあう文化である。それはまさにひきこもりの対極ではないか。


 二週間が経過し、室戸岬(高知県)に顔を出したら、五人が「出家」したあとだった。いや、男の半分が丸坊主になていたのである。ひきこもりは登校も出勤もしないから、朝シャンを習慣にしている子が多い。しかし遍路のあいだは五時起床、七時には出発なので、そんな暇はないのである。

 そのころにはみんな日焼けして、顔もだいぶ引き締まっていた。あ、これでスーッといくな、と感じたものだ。ところが、そういうときに限って新たな問題が起こるのである。仲間内でも頼りになる優等生的な三十二歳の男性が、こっそり抜け出して横浜の家まで帰ってしまったのである。

「あの兄ちゃんがなぜ?」とこちらも寝耳に水だったが、私はすぐ「また出てこいよ」と働きかけた。


 そもそも私が今回のプロジェクトで力を入れたのは、お遍路を無事完了させることではなく、挫折した参加者への働きかけだった。一度逃げ出してまたみんなのところへ戻ってくるのは、ものすごくエネルギーが要る。それが得がたい経験になると考えたのだ。ほかにも五回くらい逃げた剛の者がいて、最後にはすっかり慣れて大きな顔で戻ってきていたが、それはそれでいい。

 挫折するのはいいことだ、と言いたい。ひきこもりの若者たちは、挫折しそこなってしまっているのである。まず、きちんと挫折させて、そして挫折したままでは終わらせない、そこにいちばん力を入れた。


 ”予告戦略"が功を奏したのか、四国の方には本当にたくさんのお接待をいただいた。

 一度などホームページに「チーズケーキが食べたい」なんて贅沢なことを書き込んだら、翌日チーズケーキ攻めにあったなんてことまであった。

 ところが、このお接待が、若者たちには重荷でならない。もともと、ほっておかれたくてひきこもっているのだから、「お接待」が「お節介」としか思えないのである。それが態度にもあらわれるから、最初、お接待してくれた方々による評判は最悪だった。

 やがて彼らも、好意は理解できるようになったが、それにどう応えていいかわからず、迷惑をかけているのでは、とまた悩む。しかし私に言わせれば、迷惑をかけたくない、ということ自体、傲慢なのである。


 最初のころは頼りない彼らの読経だったが、終いには彼らが納経すると他の人が聞き惚れるようになった。

 ともあれ、途中で離脱した子も全員が復帰して、一応みなでゴールを迎えた格好になった。
十三人のうち完歩したのは一人だけだが、「正しい遍路」なてもともとない。今回の道中でも「私は全行程歩き通した」というオジさんオバさんが先々にいて、結願の重みをしきりに説いてくれたのだが、二ヶ月歩くだけで悟れるわけでもなかろうと私は思っている。高校時代の友人にお遍路を八回もまわった男がいるが、「何回まわっても悟りきれんということがわかった」と言っていた。私など、こちらの方に説得力を感じる。ひきこもりには即効薬はあまりあてにならない。あとで本人が遍路体験をいかに反芻するかが鍵になると考えている。


 ひきこもりの若者は、「自分」を重く考えすぎていて、身動きがとれなくなっている。しかし、六畳の自分の部屋では大きく感じられる自分の背丈も、肥大した自我も、遍路みちを歩いて大自然のなかに身をおけば、いかにちっぽけな存在であるかに気づく。

 お四国病院とはよく言ったもので、四国遍路こそは弘法大師以来、千二百年の歴史のなかで磨かれてきた"人をひきこもっていられなくする最高の装置"ではないか。今春にも行う予定の第二回「お四国謬印」ツアーの準備に追われていることろである。



2004年3月特別号「文言春秋」より、
NPO法人ニュースタート事務局代表・二神能基(ふたがみ のうき)氏の
「特別企画 仏教入門 「ひきこもり」連れて四国遍路」から抜粋。





ふたりの子どもを連れて、5日間の関西旅行に行ってきた。
友人に会うためである。

7人の方にお会いできた。
そのうち、6人は初対面だった。

私が書いているメールマガジンや他の方のメールマガジンなどで、知り合った方たちなどである。


会う約束をした人以外にも、出会いがあった。

驚いたのは、5日間の旅行中、2人もの離婚経験者と出会ったのである。
私も離婚している。


最初の方は、泊まった民宿を経営しているおばちゃんだった。

母子3人で来ているので、「お父さんはお仕事?」と聞かれた。
「ええ、まあ」などと、言葉を濁して答える私。
相手によって離婚したことを隠そうか、さらけ出すか迷う。

すると息子が、でっかい声で「離婚!」と言った。


うっ、息子に言われてしまった。
もう、バレバレ!

ところがおばちゃんが、
「あれっ!?私も、そうなのよ!」
と言ったので、びっくり。


そして「なんで離婚したの?」と、聞かれた。
同じ立場なら、年上の方にも話しやすい。

「えーと、あの、まあ、夫に女性ができたので・・・」

「まあっ!!こんなきれいな人が奥さんなのに!」
よく言われるお世辞である。


「女性を作るのって、最低よね!私は一番嫌だわ!ねえ!」
と、なぜか強く同意を求めるおばちゃん。

実は、おばちゃんの一人目の夫も、女性を作ったそうだった。
10年連れ添ったけれど、5年目に女性ができ、そして10年目にも。
2回目に女性がいるとわかったときには、もう、嫌だと思って、離婚したそうだ。
ちょうどお子さんもいなかったそうで。


おばちゃんははっきりとは言わなかったけれど、再婚して息子さんができたらしい。
息子さんは学生として、今は県外にいる。
でも、この民宿を継ぐ気はないらしい。
兄弟の多いおばちゃんの甥ごさんが、継ぐようだ。

そしておばちゃんは今はまた、ひとりでいるらしい。


おばちゃんは、一人目の旦那さんに相当恨みがあるようで、
「女を作るのって、最悪よね!」
と繰り返して、言っていた。

私は、女性を作られる妻にもそれなりに問題がある(自分のこと)と思っているので、おばちゃんの愚痴にそれ以上付き合いたくなかった。
夕食を終えて、子どもと共にお部屋に下がった。


二人目の離婚経験者は、次の民宿で出会ったおじさんだった。

九州から、長期の仕事で来ている方だった。
私たちが1階のレストランで食べていると、おじさんはカウンターで民宿のおばさんをからかいながら、おつまみを食べていた。


子どもが好きらしく、娘に、
「姫!名前は、なんて言うの?」
と聞いてきた。

恥ずかしがりながらも、娘は「光子(ひかるこ)!」と答えた。
おじさんは、自分の娘を「姫」と呼んでいるそうだ。

しかしおじさんが「姫!」と娘を呼ぶと、姫の意味がわからない娘は、
「姫じゃない!光子だ!」
と、怒って叫んでいた。


またおじさんは、息子にも名前を聞く。
息子が小さな声で、「・・・太陽」と答えると、
「なにっ!?助左衛門!?」と大声で言った。

それから息子は、ずっと助左衛門と呼ばれていた。


2泊目にはすっかりおじさんに馴染んで、カウンター席に座るおじさんの肩に乗ろうとする息子。
息子が買った木刀を部屋にわざわざ取りに行って、おじさんに切りかかる娘。


おじさんに、「なに、春休みかい?お父さんはお仕事かい?」と聞かれた。
「ええ、まあ」と言葉を濁すと、
「いいねえ。お父さんは、ひとりで食事かい?」とさらに聞かれた。

それで思い切って、「うち、母子家庭なんです」と答えた。

すると、「僕もだよ」と言われた。
えっ、びっくり!


6年前に今の職場に転職し、全国を泊まり歩く仕事になった。
帰れるのは、お盆と正月とゴールデン・ウィークだけ。
そして転職して、2年目に離婚になったそうだ。

おじさんには、専門学校に通う長男、高校生の次男、中学生の長女がいるそうだ。
そんなに大きなお子さんがいるのに、熟年離婚になったのか・・・。


「毎月10万、仕送りしてるんすよ。きついっすよ」と、おじさんは言った。
そして泊まり歩く全国各地から、おいしいものを子どもたちの元に送るそうである。
北海道からは蟹、春に福島に行けば桃、という具合に。

「俺なんか、これっぽっちしか食べてないもんね、試食のこれだけ。あとは、みんな家族に送る」
と言うおじさん。


おじさんは、年に5~6回しか子どもに会えないから、どうやって子どもに接したらいいのかわからないと言う。
それで、お金で解決しようとしてしまうそうだ。

「『どこに食べに行く?』って聞くと、子どもたちは『焼肉』って答えるんだよ。本当は、『バカヤロー、焼肉なんかじゃなくてラーメン食いに行こう』って言いたいんだけど、それが言えないんだよね」


おじさんの会社も、これから50人リストラされるらしい。
「でも、俺なんか怖くないもんね。守るもの(家族)もない、借金もない、家のローンもない」

だけど、「人間、支えがないとダメ」と言うおじさん。


おじさんは離婚されたからか、自分に自信がないみたいだった。
大声でしゃべる、気持ちのいい人なのに。

仕事がなかったら死んじゃうんじゃないかと思ったくらい、寂しそうだった。


でも、おじさんが生きていることが、子どもたちの支えになっていると私は思う。
何もしてやれないという父親としての思い、お金でしか何もしてやれないという思い。
そんな父親としての愛情が、子どもさんたちにとってどんなに大切なものか。


私は、子どもに支えられている。
一緒に生活しているからだ。

一緒に生活するということがどんなに大事かということを、教えられた。


出会いはすばらしい。
そして、一緒に生活している家族との関係も、とても大事なものだ。




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