心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう

イングリッシュ ローズィズ

ひまわりちほりん

イングリッシュ ローズィズって、
聞いたことがあるかしら?

それがなにじゃないかっていうと、
チョコレートのつめあわせ、
サッカーチーム、
庭に咲き乱れる花々。

じゃあなにかっていうと、
4人のおんなのこたち。
ニコルとエイミ、シャーロットとグレイスのこと。


とっても愉快ですてきなかんじでしょ。
たいていの場合、そのとおりでした。
でもひとつだけ厄介なことがあってね、4人はみんな、近所に住むもうひとりの女の子に対して、ほんのすこし嫉妬してたの。

その子の名前は、ビーナ。
ビーナについて知っておくべきことはなにかっていうとね、まず、それはそれはきれいだっていうこと。


でもビーナはというと、かなしみに沈んでいました。
いくらすばらしくきれいでも、だれとも遊べないのじゃつまりません。
とてもさびしい気持ちでした。
友達がいないので、どこに行くにも一人ぼっちなんだもの。


もちろん、イングリッシュ ローズィズだっていじわるをしたいわけじゃなかったし、ビーナがさびしがっていることも知っていました。
でもね、行くさきざきでこんな声が聞こえてくるのですから、そう簡単に感じよくふるまうことはできません。
「あの子、なんてきれいなの!」「お星さまみたいにかがやいてる!」
「ビーナって子は、やっぱりどこかちがうよな」


ある夜、ニコルの家でお泊まりパーティをしていると、ニコルのお母さんが顔を出してこう言いました。

「思うんだけど、あなたがたはビーナに対して、はすにかまえすぎじゃないかしら。あんなにかんじがよさそうなのに、あなたがたは話もしてない。それじゃあ彼女がどういう人か、全然わからないじゃないの。もしだれかがあなた方の外見だけで、どうやってつきあうか決めたりしたら、どんな気持ちがすると思う?」


そして、眠りながら、4人ともおなじ夢をみました。

気がつくと、彼女たちはビーナの家の台所でテーブルについていました。
そばで、四つんばいになって床を磨いているのはビーナでした。
おでこから汗がしたたり、とても疲れているようです。


「お母さんはどこにいるのよ」ニコルがつぶやきます。

「お母さんはいないのよ」妖精のおばさんがこたえます。
「ビーナはお父さんと二人で暮らしているの。お父さんは一日じゅう仕事があるから、ビーナは学校から帰ったら、そうじをして、洗濯をして、夕食をつくらなきゃならないのよ」


「さあ、どうするの?」貫禄のある妖精のおばさんが、
横から口をはさみました。
「だれかビーナになりたいひとは?」

みんな、しんとしてしまいました。


やがて、イングリッシュ ローズィズの行くところには、もちろん必ずビーナも行く、というようになったわけ。するとね、みなさんは信じないかもしれませんけれど、町の人たちがイングリッシュ ローズィズについてささやきあうようになったのです。

これがささやきの声の一部。
「イングリッシュ ローズィズって、ほんとうに特別な存在ね」
「なんてきれいな女の子たちなんだ!」
「大人になったら、とびきりすてきな女性になるだろうな」


そしてね、どうなったと思う?
そのとおりになったのです。

信じられないって言うなのなら、自分で行って、たしかめてごらんなさい。つくり話じゃないんだから。



マドンナ作、江国香織訳、ジェフリー・フルビマーリ絵
「イングリッシュ ローズィズ」より。
cover





 4月から小学1年生になる息子は、去年から「学校、行かない」と言っていた。
それで3月は教育委員会や学校に行って、フリースクールに通うことを説明した。


 4月の入学式。
 私は、記念写真に息子の顔が丸く、右上あたりに載るのがいやだった(実際は入学式に休んだ場合、別に顔写真を載せるかどうかは保護者に確認してからだそうだ)。

 それで、息子の好きな大浴場に行くという約束で、月曜日の入学式に息子を連れて行った。
 翌日からは、欠席である。火、水、木、金曜日と4日間、フリースクールに通った。
 その間、担任の先生が入学式の写真を自宅に持ってきてくれたり、私がPTA総会への委任状を持って学校に行ったりした。


 そのとき、教頭先生ともお話をした。
 教頭先生は私と会うたびに、
「欠席が多いと、進級会議でひっかかって進級出来ないことがありますよ」
とか、
「妹さんも、同じ(ように不登校)になりますよ」
とか言って、私を脅かす人である。

 しかし、教頭先生は言った。
「お母さんが、お子さんをどのように育てたいかビジョンを持たなくちゃ」
「学校側としては、お子さんが学校に来れるよう、できるだけのことをします。でも、そのどれが効果があるかなんて、わかりません。全くないかもしれません」
「フリースクールに通うか、学校に通うか、どちらがいいかは本当にはわかりません」

 教頭先生も、学校に通うことがいいこととは限らないとわかっている--。それが、学校の管理体制や成績表などについて疑問を持っていた私にはうれしかった。 そして、教頭先生なりの仕事への情熱なども、理解できるようになった。


 それにしても、担任の先生に恵まれた。
 木村拓哉先生である。

 入学式の後、教室内で先生が自己紹介すると、保護者の間から笑いが起こった。
「時々ね、キムタクー!なんて言う人がいるんだけど、授業の時にはちゃんと木村先生って呼んでね」
 保護者たちがニヤニヤ笑う中、新1年生たちは神妙に聞いていた。

 キムタク先生は、いや、木村先生は声が大きくて、そして子どもと話すときには膝に手をついてかがんで、子どもと同じ目線で話をする先生だった。
 本音で話ができそうで、担任の先生が誰になるか期待していなかった私は、喜んだ。


 木曜日に入学式の写真を持ってきてくれた木村先生は、「そろそろ子どもたちも、太陽君、どうしたのかなーなんて気にしてる子も出てきました。でも、今ならまだ間に合います」と言った。

 ムムッ、休み続けるのもやばいかな、と初めてドキッとした。
 私は、息子が私と離れて小学校に行くのをいやだと言っていたことを思い出した。

 木村先生に、授業中に廊下で娘とふたりで待っていてもいいか、聞いてみた。
 すると木村先生は、
「もちろん!いいですよ。今日も、お母さんが泣いている子どもの手を引いて、教室の椅子に座らせてから帰っていくお母さんがふたりいましたよ」

 ああ、私だけじゃないんだ、と初めて知った。
 1年生からの不登校は若松小学校では初めてだと言われていたので、他の子どもたちはみんな、喜んで学校に行っているものと思い込んでいた。


 金曜日、フリースクールに迎えに行く途中、携帯電話が鳴った。
 息子が2メートル半の高さからコンクリートの床に落ちて、左腕の骨を2本を折ったのだった。しかも折れただけでなく、腕がぐにゃりと曲がるほど骨がずれる、大怪我だった。

 三角巾で、ギプスをはめた左腕を吊った息子は、
「フリースクール、休む」
と言った。


 確かに行っても何もできないので、仕方がない。
 それなら学校にでも行かせるか、と思った。
 椅子に座っているだけなら、家にいるよりましだろうという気持ちだった。


 さて、月曜日。
 先生におはようと言ってから病院に行くと息子に言い聞かせて、車で出かける。通学路を、黄色い帽子をかぶって歩く子どもたちの姿が見えた。学校のそばの横断歩道では、みどりのおじさんや保護者が子どもたちを車から守っていた。
 ああ、多くの人が子どもたちを見守っているんだなあ。ありがたいものだなあ。

 靴を脱いで、上履きに履き替える。廊下ですれ違う子どもが、息子の包帯を指差すと息子は露骨に顔をしかめた。息子にとって、学校は怖いところなんだなあ。

 教室をちょっとのぞいたら、木村先生が
「太陽君、おはよう!」
と言いながら寄ってきたので、教室の中にいた子どもたちの視線が息子にいっせいに注がれた。
 息子は注目を浴びるのを嫌がって、廊下に出て行き、
「早く病院行こう」
と言った。

 木村先生は、
「ここに来ただけで、立派ですよ」 
と、言ってくれた。


 火曜日。
 朝の集いまで教室の椅子に座っているという約束で、学校に来る。
 息子はいやがったけれど、熱やだるさもなくなってきたので、朝だけ学校に行くように言ったのである。もちろん、ご褒美付きという交換条件だが。

 6年生5人がやって来て、紙芝居をしてくれた。
 私と4歳の娘は、教室の後ろの出口のそばに小さな子ども用の椅子をもらって見学をした。

 そのあとは、校歌の練習をした。
 木村先生がオカリナを取り出して、メロディを吹いた。女の子が、特に張り切って歌っていた。先生も時々オカリナから口を離して一緒に歌ったが、その歌声がとても美しかった。
 オカリナの音色と木村先生の歌声の美しさ。涙が出た。
 若松小学校を、私は初めて好きになった。

 入学式の時にはなんとも思わなかった校歌が、胸に響いた。  


 健康観察という名称の出席確認が終わると、木村先生は息子を前に呼んで言った。
「太陽君は、骨をおっかいちゃったの。だからこれから病院に行くので、今日は帰ります」

 息子は、今にも猛獣に食べられそうなおびえた表情をしていた。

 その日は病院に行かなかったが、嘘も方便である。骨折したということで、先週休んでいた理由や、一緒に親が授業を見ていることも、他の子どもたちはあまり不思議そうにしなかった。


 水曜日は、1時間目まで受けさせた。音楽の内容に「テレビ」と書いてあったからだ。
「テレビ見てればいいだけだよ。楽ちんじゃん」

 この日は、尿検査のためのおしっこを持ってくる日だった。
 教室に入るとおしっこを持ってくるのを忘れた子がいて、木村先生にたくさん水を飲むよう
に言われている子がいた。
 また熱が出たということで休んだ子、医者に行ってから遅刻してくる子もいた。お母さんが、ハンカチとティッシュを忘れたからと届けに来た子もいた。 
 また、子どもが嫌がるので教室まで一緒に入ってきたお母さんもいた。

 それからお母さんに抱きついて教室に入ろうとしない子は、母親に
「なんでお前は、そう、だらしないの!」
と怒鳴られていた。そして母親から引き離されて抵抗するのを、他の先生に抱きしめられて教室に引っ張ってこられた。
 けれども木村先生が、
「ランドセル、持って。自分で持って」
と言うと、おとなしくなった。涙を腕でふきながら椅子に座ると、
「よくできたねー、えらいなー」
と、ふたりの先生にほめられた。 

 どこのお母さんも、必死なんだなあ。私だけじゃない、という思いを再確認した。


 それにしても、授業中の子どもの姿を見れるなんてとても楽しい。
 テレビのない我が家の息子は、後ろも振り返らずにテレビを見ている。

 他の子どもたちは、いろんなことをしていた。
 机に寝そべりながらテレビを見ている子、後ろを振り返る子、肩肘ついて他を眺めている子、机の上で音楽の教科書をぐるぐる回している子、「せんせ~い、暑い」と言う子、机の下で膝を閉じたり開いたりしている子、テレビを見ずに教科書を1枚1枚めくって眺めている子、教科書を落として拾う子、鼻くそをほじって机になすりつけている子。

 テレビが終わると、伸びをする子がふたりいた。あくびをしたり、後ろの子をにらみつける子もいた。

 ああ、いろんな子どもがいる。我が子だけが、学校がいやなんじゃないんだなと思った。

 息子が学校へ行ったご褒美は、学校の帰りに寄ったスーパーで買った焼きそばの昼食だった。
 

 木曜日。2時間目に、保護者が参加する交通安全教室があった。その後は保護者と一緒に下校だったので、みんなのお母さんたちも来るからということで息子を受けさせた。

 私は、PTAだの近所づきあいだのが苦手だった。女性の群れが怖かったのである。しかし友だちから、
「グループができているのは、一部の人。孤独なお母さんも多いよ」
と、教えられた。

 ああ、孤独なのは、こわいのは、私だけじゃないんだ。

 同学年には全く知り合いがいなかったので、私も友達を作ろうと、その日はいろんなお母さん方に思い切って声をかけた。また朝の送り迎えですれ違う保護者には、あいさつをするようにした。

 息子が学校に恐怖心を持っているように、私も学校が実はこわかったのだ。でも、その恐怖心は自分が勝手に作り上げたものだということがだんだんとわかってきた。

 
 金曜日。国語、算数、図画が続けて2時間。
 今日は午前中の4時間、出たら帰ろうと言った。息子は「行きたくない」と言ったが、ご褒美はおやつに、昨日いただいたカステラ2切れずつという約束をした。

 1時間目が始まる前に、お休みをしていた間にみんながすませた身長、体重を測りに保健室に行った。その後、他の小学校に行って心臓検査を受けに出かけた。
 息子を小学校に送ったあと、郵便局での用事を済ませるため学校を後にした。4時間目が終わる12時20分に迎えに来るよと、息子に言って。

 ところが4月中は、1年生の給食は11時40分からだった。知らずに12時過ぎに息子の教室に向かおうとすると、ちょうど給食のおばさんが通りかかった。
「お母さんが来ないから、みんなと一緒に食べてますよ。給食当番も率先して、やってくれましたよ」

 彼女が木村先生を呼んでくれた。
「今ちょうど、『いただきます』をしたところなんです。お母さんが来ないから食べるって聞いたら、『一緒に食べようよ』って言ってくれた子がいて。私が見る限り、我慢して教室にいるという感じじゃなくて、落ち着いていました」

 ああ、ありがたかった。うれしかった。
 給食を一緒にみんなと食べられるようになるなんて、夢のようだった。


 息子に姿を見せずに、こっそり帰った。そしてまた娘を連れて、13時の終業に迎えに来た。
この日は、4回も学校と自宅を車で往復した。
 迎えに来る時間を間違えたことを、息子は怒ってるかなと心配したが、
「太陽、全部食べたよ。おいしかったよ」
と会うとすぐに言ったので、ほっとした。

 木村先生は、
「すごいことです。家に帰ったら、いっぱいほめてあげてください」
と言った。

 給食のおばさんも出てきて、
「残していいよと言ったんだけど、全部食べてましたよ。おいしいって言ってくれました。それに給食当番だからとエプロンつけて、ちゃーんとみんなによそってました」
と、うれしい報告をしてくれた。


 帰るときに同じクラスの男の子が、息子の顔を見ながら、
「でーんでんむーし、むし、かーたつむりー。太陽君の頭は、どーこにあーるー」
と歌った。

 ああ、お友だちができたんだ。よかったなあ、太陽!
 まるで、自分に友だちができたかのような気持ちだ。

 実際、息子は楽しかったようだ。私と離れてからの学校生活を教えてくれた。そして、
「月曜日、太陽、ひとりで学校行く」
と、言い出した。

 わー!やったー!


 友だちとおいしい給食にほだされて、息子がやっと学校に行く気になった!!


 人数の少ないフリースクールでもいいと思っていたけれど、できれば子どもがたくさんいる学校に行ってほしいとも思っていた。
 フリースクールにも学校にも、それぞれ長所と短所がある。どちらに行くのが息子にとっていいのか、どちらが本当に幸せかはわからない。


 ただ、息子と同じように行きたくない子もたくさん入るということを知った。授業中によそ見している子がたくさんいるということを、知った。お友だちが少ないお母さんもいるということを、知った。

 孤独なお母さん、子どもが学校をいやがって心配しているお母さんは、私ひとりではないということを知った。

 そして学校への不信感も、一人一人の先生方と話し合うことで、先生方の一生懸命さや愛情を知った。


 私も、息子も一人ぼっちではないということを知った。
 みんな、同じように不安や心配を抱えて生きている。
 そしてそれは、恥ずかしいことじゃないということを知った。




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