心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう
親も子も後ろ姿を見て育つ
ひまわりちほりん
自分のことは自分で判断して決断できる人間になれば、それで親の役目はおしまい。
あとは、子ども自身が人生を自分で切り開いていけるはずだ。
具体的にいえば、自分で判断し行動することを身につけさせるために、
いくつかルールをつくった。
その一つが、お小遣い制である。
我が家の子どもは、年子の長女・梨奈(りな)と次女の玖美(くみ)、
七歳離れて長男の公啓(きみひろ)である。
この三人の子どもがそれぞれ十歳になったときから、お小遣い制をはじめて、
月ぎめで渡した。
十歳で一万円、十一歳で一万一千円、十二歳で一万二千円・・・、
と年齢が上がるごとに千円ずつ増額した。
親は食費と学費だけ出すが、そのほかは一円たりとも補助しない。
子どもたちは、月ぎめのお小遣いで、
定期代や文房具、衣服代、交際費などすべての費用をまかなうのである。
子どもにとって小遣いは給料と同じようなもの。
必要なものを自分でやりくりして買っていくなかで、
お金の価値や物を大切にする態度といったことも身につけていくだろう。
一万円(昭和45年ごろ)と聞くと結構な額のように思われるかもしれないが、
衣服も含めすべてをこれでやりくりするのは意外と大変なものである。
そして、おもしろいことにお小遣いのやりくりには、
子どもたちの三人三様の性格が如実に現れてくるのである。
おっとりした性格の長女の梨奈は、
先のことをあまり考えずにお金を使ってしまうことがときどきあった。
もちろん、お小遣いがなくなっても親に泣きつくことはできないから、
こっそりとうちの女中さんに借りていた。
一度は冬になってオーバーを買うお金がなくなってしまい、
ひと冬ハーフコートで過ごす羽目になった。
成長期だったため、去年のオーバーは着られなかったのである。
これに懲りて、翌年はオーバーを買うために早くから貯金を始めていた。
一方で、次女の玖美は収入を増やすことも考えたらしく、
近所の友達などに英語を教える
(子どもたちは小学校からインターナショナル・スクールに通っていた)
アルバイトを自分ではじめ、お小遣いをかせいでいた。
自分の特技を生かしてアルバイトをするのは子どもなりの工夫であり、
親が目くじらをたてるようなものではない。
どうやらこの子にはビジネスセンスがあるようだ、
と喜んで見守っていればいいのである。
七歳年下の生真面目な長男の公啓は、できるだけ出費をおさえようと、
使えるものは大事に使うというやり方だ。
ただ、あまりにも物持ちがよすぎて、
通学鞄(かばん)のひもが切れてもホチキスでとめて使い続ける始末。
それを見た教師が「もうちょいいいのに買い換えたらどうだ」といったところ、
「わが家は『月給制』ですから、贅沢はできないんです」と息子は答えたそうである。
この小遣い制は、子どもたちが家を出る十八歳ごろまで続けた。
なれてくると、欲しい物があるときなどはきちんと計画を立ててやりくりするようになったし、
こうした経験を通じて、お金や物のありがたみが身に沁みるだけでなく、
目的を達成するための努力や楽しさを覚えるのである。
松田妙子著「親も子も後ろ姿を見て育つ」
ゴールデン・ウィークには、5日間両親が我が家に遊びに来た。
特に、息子は大喜び。
自分の誕生日だから値の張るおもちゃも買ってもらえるし、
その他、おもちゃ付きお菓子や好きな食べ物などを祖母に買ってもらえるからである。
前日など、何回も実家に電話をかけていた。
「サンダーバードがいいなあ。どこに売ってるかなあ。Aデパートか、Bショッピングセンターか、Cおもちゃ屋さんか・・・」
「あ、やっぱりサンダーバードじゃなくて、デカレンジャーにする」
何を、そしてそれがどこで買えるかで、関心がいっぱいなのである。
私にも息子はどこに行けばお目当てのおもちゃが売っているか、何回も何回も聞いていた。
面倒くさくて、
「お母さんは、どこで売ってるかなんてわからないよ!」
と怒鳴ってしまった。
両親がやってきた5月1日は、まずは息子の誕生日プレゼントを買いに出かけた。
売っている範囲内で選ぶので、必ずしも欲しい物が手に入るわけではないが、買ってもらったことで息子は満足の様子。
レジで袋に詰めてもらうと、すぐに開けようとする。
「これからご飯食べに行くから、レストランに着いてから開けなさい」
と言ってもきかない。
頼んだお子様ランチはほとんど食べずに、ピストルを見せびらかしては、
「いいだろう」
と、にやにやしていた。
5月2日。
つつじで有名な観光地に行く。
焼きそばやうどんなどの食堂、ラムネやお団子、おもちゃの剣などを売っている土産店がずらっと並んでいた。息子はつつじを見るどころか、お店めぐりで忙しい。
昨日祖父にもらった600円以内で、息子は恐竜セットを買った。
それからラムネ、鮎の塩焼きを祖母に買ってもらって食べ、ボートに乗った。
息子は買い終わって、食べ終わると、
「もう、帰ろう」
と言い出した。
5月3日。
地元のお祭りに行く。
私は両親に子どもを預けて、美容院に行った。
カラーとカットが終わったあと合流すると、既にスーパーボールすくいなどをした息子が、
「お母さんも買ってよお」
「お祭りなんだから、なんか買ってよお」
と、目に涙をためながらねだり始めた。
母も、
「そうだよ、お母さんは何も買ってやらないんだから」
と余計なことを言う。
仕方なく息子には60円の飛行機、娘には300円のかき氷を買った。
お祭りのあとスーパーに寄って買い物をすると母が言うと、息子はさっそく、
「おもちゃ付きのお菓子、買ってよ」
「太陽の誕生日なんだから、買ってよ」
と始まった。
「もう、買ったじゃないの」
と母は言いながら、スーパーに行くと、
「どれがいいの?」
などと甘やかしているのだった。
5月4日。
今日はまずは、掃除。
「あとで、お土産買いに行かなくちゃ」
と母が口にしたとたん、息子の買って買ってが始まった。
「買ってよ。太陽の誕生日なんだから、買ってよ」
毎日、同じせりふである。
ああ、両親と過ごすと、物をふんだんに与えられて、しかもそれを大事にしない息子がいやになる。
壊れたらまた買ってもらえばいいや、で終わり。
買ってもらっても、あんまりおもしろくなかったら部品がバラバラになって、結局捨てちゃう。
両親はいくら言っても、買い与えることをやめない。
もう、物やお金をねだる息子も、買い与え続けて息子をダメにする両親にもうんざり。
「太陽!働きなさい!お手伝いしたら、1回1円あげるから!」
最近、友人が子どもにお風呂掃除を1回10円、1ヶ月300円の目安で始めたと言っていた。
お手伝いでお小遣いをあげるのを何度か耳にしたことはあるが、お手伝いをお金に換算するのはどうかなと思っていた。
でも、315円のおもちゃ付きお菓子や200円のガチャガチャをすぐにやりたがる息子。
200円を稼ぐのが、どれだけ大変なことか。
お金を稼ぐ大変さを、息子に思い知らせたかった。
1回10円は、大金すぎて私には払えない。
お風呂掃除をやるような息子ではない。
腕も骨折しているし、できる範囲内で、やった分だけお金を与えることにしようと思った。
たとえば、食後に自分が使った以外のお皿を1回運んだら1円。
2回運べば、2円だ。
ゴミ捨てに行けば、1円。
息子と娘のふたりでゴミ捨てに行けば、それぞれ1円ずつだ。
両親も喜んで、たまりにたまっているおもちゃやガラクタを捨てさせては、20円渡していた。
また、うつぶせに寝た両親の背中や腰の上を歩かせ、
「ああ、気持ちがいいなあ。ちょうどいい重さだ」
などと言って、やはり20円渡していた。
私の1円より、割のいいバイトだ。
しかし今度は、何か頼むたびに、
「1円くれる?」
と聞く癖が息子についてしまった。
なんとなく、ムッとする私。
善意でやって当たり前、という気持ちがあるのだ。
しかし、主婦業も当たり前?
主婦業をお金に計算すると、1ヶ月40万円強になると聞いたことがある。
これに育児をたせば、プラス保育料でもっとお給料がもらえてもいいはずの仕事である。
そして子どもは、お金で親に縛られている。
だからこそ、子ども時代の私が親に服従していたのだ。
でも、我が子にはそうはさせたくない。
しかし実際にはスーパーに買い物に行き、おもしろそうなものを見せるだけ見せて買わない、
または親の気分次第で買ったりダメと言っている。
お金で、我が子を縛っている。
1回1円もいいことなのかどうかわからないけれど、子どもにお金を稼ぐ方法を教えたいという気持ちがあった。
何かをしていくらより、たくさんやればたくさんもらえるというやり方で、お金を与えたかった。
そしてお金を稼ぐ大変さも、わかってほしかった。
お金があれば、ひとり立ちしていくことができる。
お金がすべてではないが、現実のこの日本では、お金がなくては生きていくことはできない。
だから、お金をどう稼ぐか。
どう管理して、使うか。
お金の奴隷にならずに、幸せになってほしいと思っている。
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