心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう
森の木
ひまわりちほりん
木のなかにはモクという
木の精がすんでいる
モクは生きものではない
生まれもしないし
死にもしない
気が芽ぶくとあらわれ
ときがくるときえていく
春 木の種が芽ぶくと
モクがひとつ あらわれる
モクは光をうけ水をすって木に
力をあたえる芽は葉になり
茎がのび 根がのびる
夏 木は葉をかがやかせ
根をはる モクはうごき
どんどん木に力をつける
茎はふとくなり
根はながくなる
秋 木はモクが夏にためた
力で茎や根をつよくする
そして冬をまつ
冬 光はよわまり水はこおる
木は葉をおとしてねむる
モクはやすみつぎの年に
そなえる
春 木はあたらしい芽をふく
するとモクがあらわれる
二年目の木は
モクがふたつになる
ふたつのモクはそれぞれ
光をうけ水をすいあげ
気に力をあたえる
木は茎をのばし根をのばす
春にめざめ 夏はかがやき
秋にたくわえ 冬にはねむる
季節とともに年とともに
木をそだてる それが
木の精モクのしごとなのだ
つぎの年 モクはみっつにふえる
一年いちねん木が芽をふくたびに
モクは ひとつずつふえていく
そして木は一年いちねん大きくなる
五年たった木にはモクがいつついる
十年たった木には とうのモクがいる
木をきると年輪という
輪がみえる これはひとつひとつの
モクのとおりみちなのだ
だから年輪のかずをかぞえると
その木の年がわかる
川端誠著「森の木」(絵本)より。

私はよく、こっそり友人や夫を試すことをした。
自分が落ち込んだとき、自分からは誰かに「助けて」と言わないのである。
言わずに、誰が私の苦しさに気づいてくれるだろうかと待っているのである。
誰がいちばん最初に、「最近、元気?」と電話してきてくれるか、
誰が「お久しぶり~」とメールを入れてくれるか、
いつ、「最近、元気ないね」と気づいてくれるか。
私の気持ちをいちばんわかってくれるのは、誰なのか。
誰がいちばん私を気遣ってくれるのか。
自分からは何も言わないで、声をかけられるのを待っていたのである。
でも、苦しいのである。
心の中では、今すぐにでも誰かに話を聞いてもらいたい、慰めてほしいと思っている。
なのに、自分からは言うわないのである。
そして、友人たちを試している。
しかし、たいてい誰も気がつかない。
一週間くらい連絡がなくても、誰も私が落ち込んで苦しんでいるなんて考えない。
そりゃそうだ、苦しい、助けてと伝えなければ、誰も私の気持ちなんてわからない。
しかも表面上は、いつもと変わらぬ顔をして日常生活を送っているのだから。
しかし落ち込みからなんとか立ち直ると、私は友人を憎み出す。
なぜ、連絡くれなかったのだ?私が、こんなに苦しんでいたのに!
なぜ、気がつかないんだ?私だったら、きっと気がつくのに!
逆恨みである。
ところが子連れで一緒にプールで遊んだ友人が、
「私、実はプール苦手なんだよ。泳げないから」
と言ったとき、とても驚いた。
友人は海が好きだと言ってたから、プールも好きだと勝手に解釈していたのである。
びっくりだ。
何だ、私も友人のことなんて、ちっともわかっていないじゃないか!
友人のことなら小さなことでも見逃すはずはない、などと思っていたのに。
なんだ、なんだ。
じゃあ、友人が私が落ち込んでいたのに気がつかなくても、当然じゃない!?
夫が気がつかなかったのも、悲しいけれど、仕方なかったのかしら?
メールでやりとりばかりして、でも週末は互いに予定が入ってなかなか会えない友人がいた。
あ~あ、メールばかりっていうのも味気ないなと思いながら、自分からは電話しなかった。
特に用事はなかったからである。
ところが、友人から電話が入った。
「別に用事ってわけじゃないんですけど~。
最近メールばっかりだったから、電話してみました~」
うわー!!
すっごくうれしかった!
電話では話すことなど何もない、会ったときに話せばいいやと思っていたのに、うれしくて、昨日落ち込んだことや今日の息子の給食のメニューまで、私が主にべらべらしゃべりまくってしまった。
なんだ、なんだ。
声が聞きたいから電話したのって言って、電話すればよかったんだー。
何を気取っていたのだろう。
誰かから連絡が来るのを待っていないで、
「ちょっと、聞いてほしい話があるんだけど」
とか、
「大したことじゃないんだけど、ちょっと今落ち込んでいるので、話をしたかったんだ」
とか、素直に言えればよかった。
でもいざ自分の悩みを話そうとなると、くだらない悩みじゃないか?とか、相手にとって時間の無駄かもとか思えてきて、話せなかった。
じゃあ、こう言えばいいよね。
「あのー、あなたからするとくだらないかもしれないんだけど、今私、ちょっと落ち込んでいて、聞いてほしいことがあるんだ」
まわりくどいけど前置きをすれば、自分のなかなか誰かに話せない気持ちがまず伝えられる。
この前置きも、自分にとっての大事な乗り越えるべき感情だもんね。
ときどき、ものすごく自分が独りぼっちだと思って、悲しくなることがある。
でも、思い出した。
娘が生まれたとき、心の底から初めて幸せを感じたことがあった夜を。
そのとき私は夫と別居していて、弟と一緒に暮らしていた。
2歳の息子と産まれたばかりの娘にはさまれて、私は毎晩、日の当たるいちばんいい部屋で寝ていた。
日中はふたりの子供の世話であわただしかったけれど、やっと眠ったふたりの体にはさまれて眠る夜、
「私は、独りぼっちじゃない!!」
と生まれて初めて思えて、誰かに頼られている充実感を感じた。
最近は、ふたりの子どもにはさまれて寝ていても暑苦しいだけだが、そうだ、私も心の底から幸せを、孤独を打ち消してくれる、自分にも生きる価値があると思える気持ちをもったことがあったんだと思い出した。
私は独りぼっちじゃないということを、忘れちゃいけないな。
自分勝手に私は独りぼっちなの、エ~ンなんて泣いても、あのときの充実感を思い出せれば、あ、そうだった、私は独りぼっちじゃなかった、エヘヘと思える。
すぐにあのときの充実感は忘れちゃって、ひとりで不幸のつもりになる私だからこそ、苦しいときには誰かに話したり日記に書いたりして吐き出して、独りぼっちじゃないということを思い出そう。
独りぼっちじゃなくなった私の原点を、大事にしよう。
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