心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう
青年は荒野をめざす
ひまわりちほりん
「タック」
と、彼はデンマーク語で礼を言い、今度は少し静かな調子で喋り出した。
「譜面を読む、という行為を、書かれた記号通りに音を出すこと、
というふうに誤解しとる連中が沢山いる。
きみもその一人じゃないのかな。
ジャズメンは更にその上、インプロビゼイションだ何だと、
神を恐れぬ行為を平気でやっとるんだ。
譜面を読む、とはいったい何だ?
きみはその答えを知っているかね?」
「つまり、それは--」
「言わんでもよろしい。
大体どんな答えをするか解ってるからな。
譜面を読むとは、わしの考えでは、人間が自分の魂の隠された部分を読みとることだ。
それ以外の何ものでもありはしない。
それは祈りだ、自己との対決だ。それは--」
そこまで喋って、アネルセン氏は不意に絶句した。
彼は首を振ると小声で呟くように言った。
「またわしの病気がはじまった。今日は暑すぎるよ。全く暑すぎる」
それからジュンを優しい目でみると、顎をしゃくって言った。
「明日から来てくれ。十時から行進が始まるから、おくれんように。征服は用意しておくよ」
「テストはやらないんですか?」
ジュンはトランペットを片手に、びっくりして叫んだ。
「ぼくはまだ何も吹いていませんよ」
「いいんだ」
と、アネルセン氏は言った。
「わしはこの道を三十年も歩いてきておる。
その男の楽器の持ち方や顔つきを見ただけでそいつが使えるか使えん位は、すぐわかるのさ。
ミュージシャンの顔は、彼の音楽の歴史だ。
きみは自分のタランペットの真鋳(しんちゅう)の厚味が、どれだけか知っとるかね?」
「さあ」
「まあいいだろう。
ただ一つだけ言っておく。
明日からはきみはチボリのおもちゃの兵隊の行進のマーチを吹くんだ。
アドリブは許さん。
わかったかね?」
「ええ」
「よろしい。じゃ明日」
五木寛之著「青年は荒野をめざす」より。
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2週間の沖縄旅行に、母子3人で行ってきた。
小学校1年生の息子は祖父母や皆に、
「沖縄、どうだった?楽しかった?」
と聞かれるたび、
「つまんなかった」
と答えていた。
なんだ、せっかく連れて行ってやったのに、と私は思ったけれど、よく考えると私もつまらなかったな~と思った。
旅行に行ったら、必ず楽しかったよ、すごくよかったよと答えなければいけない、相手の期待通りに何かおもしろかったことや珍しいことを伝えなければいけないと思い込んでいた。
でも、つまらない旅行だってあり、だ。
息子は、つまらないものはつまらないと正直に表現できてえらいなと気づいた。
ただしつまらなかったと言っても、何も得るものがなかったわけではないし、楽しくなかったわけでもない。
ただ2週間という長さが、旅をマンネリ化させたということだと思う。
さて、今回の旅の私のテーマは、宿泊代や食事代などお金を払うたびに支払った内容にちゃんと感謝しようというものだった。
思ったほどおいしくなくても、宿が気に入らなくても、そこで出会った人々と楽しく過ごせなくても、すべて自分で選んでお金を払うと決めたものだから、どんな内容でもそれがそのときの自分に合ったもの、必要なもの、だからつまらないことでもそれに出会えたことにちゃんと感謝しようということだった。
そのおかげだろうか。
当たり前のように旅が終わって無事に帰宅したが、どんなについていたか、運がよかったか、不思議なほどだった。
まずは2週間のうち、日中で雨にあったのが1日だけだった。
しかも道の駅で昼食をとっているときに、ザーザーぶりの大雨となった。
山の上の見晴らしのよいレストランをやめて、たくさんのお土産店やレストランのある道の駅で、息子はオムライス、娘は沖縄そばを食べたのだった。
おかげで昼食が終わった後もやまない雨を気にすることなく、野菜や果物を売っているお店や魚やカニ、モズクを売っている店を冷やかしたりお菓子の試食を食べたりして、雨があがるまで待つことができた。
その日はそれから高速道路を走って長距離を移動したが、宿に着く直前にまたザーザーの雨が降ってきた。
すると右手に、県立博物館が見えた。
何が展示してあるのかもわからないまま、宿に入るには早すぎたので博物館に駐車し、眠っていた娘を起こして見学をした。
見学が終わると、雨はあがっていた。
それから私も子どもたちも普段からめったに病気をしないが、2週間の間、小学校1年生の息子ももうすぐ5歳になる娘も一度も熱も出さず、下痢もせず、体調を崩さなかった。
普段は夜は8時に寝かせているが、旅行中は9時過ぎ、遅いと11時ごろ眠った日もあったのにだ。
一人旅で宿に泊まっているお姉さんやヘルパー(宿でアルバイトしている人)のお姉さんたちが、息子の捕まえたタイワンカブトムシや友人の息子にもらったスジクワガタを見るとキャーキャー逃げ回るのがおもしろくて、息子と娘がカブトを持ってお姉ちゃんたちを追いかけまわした。
那覇の国際通りで息子がそれぞれ315円で買った蛇やコブラのおもちゃ3匹にも、お姉さんやおじさんたちがキャーキャー言うので、ふたりは蛇を持って歩いては皆を驚かせていた。
あるいは、花火やりたいと言った娘のために、わざわざ花火を買ってきてくれたお姉さんがいて、浜辺で一緒に花火をしたりした。
13泊14日間で10ヶ所のホテルや民宿などに転々と泊まり歩いたのだが、体調を崩さなかったことには本当に感謝だ。
ついているといえば、お金を払うことで何よりついていたことがあった。
ビーチが目の前というのを売りにしている民宿があった。
私はそこで3連泊する予定だった。
ところが沖縄に行ってからカヌーを無料で貸してくれる宿があると聞き、急きょそこに2泊して、3泊する予定の民宿には1泊しかしなかった。
しかし1泊で十分だった。
行ってみたら、そこの民宿が気に入らなかったからである。
しかもそこは1泊2食付、3人で1万1千円。
カヌーを貸してくれる宿は、3人で素泊まり2泊で1万円だった。
2万2千円を気に入らない宿に支払わなくてすんだうえに、1万円以上も差額が浮いたのであった。
無事に帰って来れたことが、不思議だ。
ものすごくついていたというか、誰かに守ってもらったというのか。
無事に帰宅できたからこそ、つまらない旅だったと大声で言えるのだ。
(ひまわりちほりん)13ヶ月と13週と13日と満月の夜 ||次へ→
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