心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう
夜と霧
ひまわりちほりん
感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。
一見どうにもならない極限状態でも、やはりそういったことはあったのだ。
強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。
そんな人は、たとえばほんのひと握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、
たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。
収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。
人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件に弄(もてあそ)ばれるたんなるモノとなりはて、「典型的な」被収容者へと焼き直されたほうが身のためだと誘惑する環境の力の前に
ひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という決断だ。
(中略)
つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。
典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。
かつてドストエフスキーはこう言った。
「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」
この究極の、そしてけっして失われることのない人間の内なる自由を、収容所におけるふるまいや苦しみや死によって証していたあの殉教者のような人びとを知った者は、ドストエフスキーのこの言葉を繰り返し噛みしめることだろう。
その人びとは、わたしはわたしの「苦悩に値する」人間だ、と言うことができただろう。
彼らは、まっとうに苦しむことは、それだけでもう精神的になにごとかをなしとげることだ、ということを証していた。
最後の瞬間までだれも奪うことのできない人間の精神的自由は、彼が最後の息をひきとるまで、その生を意味深いものにした。
なぜなら、仕事に真価を発揮できる行動的な生や、安逸な生や、美や芸術や自然をたっぷりと味わう機会に恵まれた生だけに意味があるのではないからだ。
そうではなく、強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきことを体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ。
そこに唯一残された、生きることを意味あるものにする可能性は、自分のありようががんじがらめに制限されるなかでどのような覚悟をするかという、まさにその一点にかかっていた。
被収容者は、行動的な生からも安逸な生からもとっくに締め出されていた。
しかし、行動的に生きることや安逸に生きることだけに意味があるのではない。
そうではない。
およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。
苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。
苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。
ヴィクトール・E・フランクル著、池田香代子訳「夜と霧」新版
私には、小学1年生の息子と5歳になったばかりの娘がいる。
息子が小学校にあがってから、娘は兄とともに通っていた幼稚園に行かなくなった。
それで今は一人で、家でパソコンに向かう私のそばで一人遊びをして毎日を過ごしている。
以前は息子に邪険にされながらもくっついて遊んだり、他の女の子と混ざって遊んだりしていた。
しかし最近は、私にぴったりくっついてなかなか離れない。
他の子ともあまり遊ばないし、息子はもう妹とは遊びたがらないので、娘はひとりぼっちになってしまう。
家族ぐるみで4組で、キャンプに行った。
息子は年下の男の子と遊んだ。
小さい男の子の面倒もよく見て、
「さすが親分!」
と、その子の父親にもほめられていた。
女の子は娘と同じ5歳の子と、息子と同じ小学1年生の子がいた。
娘以外のふたりは、家が近所なのでしょっちゅう遊んでいて仲良し。
最近は特に5歳の子が1年生の子を姉のように慕っているので、二人の結束が強く、娘は二人の中になかなか混ざれなかった。
息子も友達と遊んで娘を相手にしないし、私は友人とおしゃべりしたいし、女の子のグループに入れない娘はちょっとかわいそうだった。
でも、なぜ、かわいそう?
それは、私自身が仲間の中に入れなかったときの私の哀しさがよみがえるから。
私が自分を惨めに思っていたときの私の苦しみが、思い出されるから。
娘が混ざれなくてかわいそうだと、二人の女の子の親に訴えてもみた。
でも、何も反応はなかった。
友人の娘たちは何も悪いことはしていないし、仕方のないこと。
それなら私も、自分の過去の苦しみを娘に投影して娘をかわいそうな存在におとしめるのをやめよう。
これも娘にとっては、必要な体験なのだ。
仲間に混ざれない。
兄にも母にも相手にされず、自分ひとりで入っていかなければならない貴重な体験なのだ。
それを惨めだと母親である私が思ったら、娘もそう感じるだろう。
私が親としてでんと構えていてあげなければ、娘は貴重な体験を単なる惨めなものとしてしか思えなくなるだろう。
だから娘が二人の女の子の後ろを何とかくっついて歩いているのも、二人だけで何か楽しそうなことをしていても娘は混ざれないでそばに突っ立っているだけでも、いいじゃないか。
娘がそうしたくて、そうしている。
そうするしかないのかもしれないが、でもそうしなくてもいいのだ。
まわりが、特に親である私が、皆と仲良く遊ばなくちゃいけないと強制したり、ひとりぼっちは寂しいことであると定義づけしたりしなければ、友だちと一緒に遊べなくてもひとりの楽しい道を見つけるに違いない。
見つけられるに、違いない。
小さな娘を見ながら、私は実は子ども時代の自分を応援している。
仲間はずれにされた哀しさ、悔しさ。
ひとりぼっちで寂しかったこと、悲しかったこと。
惨めに思いながらも、必死で皆の後ろにくっついていた自分をそれでもいいんだよと支えようとしている。
後ろにくっついて皆と一緒にいなくてもよかったんだけど、そう思えずにいた自分を、仕方なかったね、それもありだよとよしよししている今の私。
娘を見ながら、悲しかった子どもの私を見ている。
寂しかった子どものときの私の心を、今、慰めている。
娘を応援しながら、自分自身を励ましている。
私は娘とともに、成長するのだろう。
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