心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう
翔ぶ 今日より明日
ひまわりちほりん
また、僕のアダルトビデオのコレクションは本当か、という話にもなった。
僕の広報担当が、あわててこう説明している。
「いやあ、松井選手はサービス精神は旺盛でね。
あの時は、たまたま『東京スポーツ』の取材だったから、
冗談半分交えて趣味はポルノだって言っちゃたんだよね。
そしたら、それがまともに記事に出ちゃって、あちこちにまた書かれた。
外国人記者まで書いたんだ。
僕としては困るんだけどね」
僕としては、別にどっちでもいい。
普通の男でいたいから、まったく興味がないと言ってもおかしいし。
だからといって、そんなものに夢中になる時間は到底ない。
松井秀喜、松井昌雄著「翔(と)ぶ 今日より明日(あした)」(実業之日本社)より。
ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜さんと彼の父親が書いた本だ。
さて、自分の失敗や過去の過ちをさらけだすことは恥ずかしいことだ。
バカと思われるんじゃないか、嫌われるんじゃないか?
けれども勇気を奮ってしゃべった結果、
逆に好感をもたれることのほうが多い。
10年以上も誰にも話せなかった、私の恥。
赤ちゃんを亡くした隣人のお通夜で、一番最初にお焼香をしてしまったこと。
自分のイライラを我が子に向けた、虐待。。
床に倒れて泣く息子の背中を、さらに足蹴にしたこと。
娘の指を、大根と一緒に切ってしまったこと。
それらをメール・マガジンに書いた。
ひどい人だ、こんな人のメルマガはもう読みたくないと、多くの人にメルマガを解除されると思って書いた。
でも、解除されなかった。
なぜ?
友人が言った。
「10年以上も話せなかったことってどんなにすごいことかと思ったら、あれだけ?」
いろんな人のメルマガを読んでいる。
親に虐待された話や薬物中毒だった話など、
カミング・アウトする人も多い。
それらを書いた人はみな、
「解除されるかもしれないけれど・・・聞いてほしいと思って書いた」
と言っている。
私は、カミング・アウトを読んで不快になったことはない。
それより、自分と同じ過ちを繰り返してほしくないから書いた。
何があっても立ち上がれるよというメッセージのために、書いた。
そういう人の勇気ある行動に、感動する。
友人が私に話をした。
怒って子どもを家の外に出してしまった。
「ちょっとこっちに来なさいっ!!」
と言って、くどくどと子どもを言葉で責め立ててしまった。
子どもはかわいそうではあるけれど、でも私はそのときの友人の苦しさに目がいく。
そのときのことを反省しているからこそ私に話してくれたその勇気に、それでも今日も母親をやっているガンバリに感動する。
過去の過ちを、失敗を話しても、その人の人格は損なわれない。
それどころかカミング・アウトできて、一回り大きくなったすばらしさを感じる。
自分を嘘で固めて自分を守ろうとするものを思い切って捨て去り、サッパリした友人が美しく見える。
もしも反省したはずの過ちの行為自体を責められたとしたら、それはカミング・アウトした勇気ある行動に相手が嫉妬したからではないかと思う。
人は妬ましいと、相手を攻撃するからだ。
どんどん自分の過ちや失敗の体験を、人に聞いてもらう、そして何度も話すといい。
話をすることで、二度と過ちを犯さない自分へのブレーキができる。
しゃべることで、そんな過ちを犯した自分でも見捨てられないんだ、嫌われないんだと、こんな自分でも生きていっていいのだという自信ができる。
そしてカミング・アウトした勇気が、自分の誇りになる。
自分の恥を、過ちを、失敗をカミング・アウトした人にしかわからない、それでも生きていたいという切実な気持ち。
そして生きていっていいんだよと許される安心感。
失敗も恥じも過ちも、本当は自分の人格を壊してはいない。
さらけだしても、人格を損なわれることは本当はない。
さらけだした分だけ、入ってくるのだ。
自分の身を嘘で守ろうとしていたときには苦しくてたまらなかったものを捨て去ったら、明日への希望、人生への希望が入ってくるのだ。
あなたは生きていてもいいのだよ、と。
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