心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう

親と子の思春期カウンセリング

ひまわりちほりん

「木が意識しているわけではないだろけど、
そういう形で人間の役に立っているってすごいことだと思わない?」


「言われて見るとそうですね。
もしも木がなかったら、鳥は電線にしかとまれなくなってしまう」

弘君にしては珍しく冗談が出ます。


「生きるってそういうことじゃないかな。
ただひたすら自分であろうとすることが、どこかで他の誰かの役に立つ。
それで十分なんだよね、きっと」

(中略)

他より秀(ひい)でなければ、勉強して良い成績をとらなければ生きている価値がないと思わされてしまっていた以前の弘君には、当たり前であること、普通であることに十分な価値が見いだせなかったのです。

だから「木のように身動きができない自分は自殺するしかない」と考えてしまったのです。



金盛浦子著「親と子の思春期カウンセリング」(青樹社)より。
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私は父親の転勤で、
中学3年から高校卒業までの4年間を静岡で過ごした。



ところがその4年間は高校受験、大学受験と重なり、
自分が大嫌いな、とても苦しい4年間であった。

だから私は、静岡の地も大嫌いだった。


二度と静岡になんか、行かない!と思って、
さらなる父の転勤で静岡を後にしたのだった。



ところが、それから20年余りしてから。
私は最近2回も、静岡を訪れている。


1度は、離婚する直前。

離婚でせっかくリセットする私の人生。
大嫌いだった自分もついでに、見つめなおそうとしていたのだと思う。


そのときは、静岡の地を訪れるのがこわかった。

友達もいないのに、誰か知っている人に会ったらどうしようだとか、自分はどんな気分になるだろうかとか。


子どもを連れて出かけていったのは、自分が4年間住んだ社宅のアパートと、中学校と高校だった。

当時は広い学校に思えたのに、大人の自分が再訪すると、小さな狭い空間に見えた。


こんな狭い場所で、
苦しんでいた10代の幼ない自分。

そんな自分を、初めていとおしく思った。



自分が自分を許せた気持ちに驚いて、
私は離婚して半年後に、再び静岡の地を訪れた。

前回は1泊だった。
でも次は6日間かけて、駿府(すんぷ)城や登呂(とろ)遺跡、三保の松原などの観光もしながら、また社宅のアパートと中学校をも訪れた。



4年間住んでいたときには家から出られなかった私が、行きたくても行けなかった観光地を子どもを連れて訪れた。

心の穴を埋めるように。


でも子どもたちが飽きたり、公園で遊びたがったりして、自分が満足いくまでゆっくり過ごすことがなかなかできなかった。

そんなこともあって、穴は埋まらなかった。



でもたぶん子どもたちがいなくても、心の穴は埋まらなかったに違いない。

けれども私は、穴を埋め尽くせない事実に再び傷ついていた。



だけど、
穴が埋まらないということを身をもって知ったということはいいことじゃないか?

心の穴は、後からでは埋まらないのだ。
穴が開いたらすぐに、埋めようとしなければ埋まらないのだ。


だからそれからは、穴が開いたことを無視したり、すぐに埋める努力をしなかったりすることがないように、自分の気持ちに嘘をつかないことに決めた。



でも、こうも言える。
穴は埋め尽くせないけれど、少しなら埋まるのだ。

その代わり、何度も何度も埋める努力をする必要があるけれど。


私は、また静岡に行きたいと思っている。
前回行けなかった油山(ゆやま)温泉や梅ヶ島温泉に、行きたいのだ。

そうやって何度も、私は静岡を訪れるのかもしれない。
少しずつ穴を埋めるために。

いや、前よりもステキな砂で穴を埋めるために。




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