心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう
LOVE論
ひまわりちほりん
俺は、ブサイクっぽい子たちには、二通りいると思う。
それでも努力してきれいになろう、カッコよくなろうと頑張ってる子と、それをほったらかしてる子だ。
(中略)
俺はそういう「救いようがない」ブサイクにだけは、なっちゃいけないと思う。
ブサイクにも「救いたくなる」ブサイクがちゃんとある。
つんく著「LOVE論」(新潮社)より。

きれいな人になりたいなあと思う。
でもお化粧もしないし、何の努力もしていない。
自分で自分の顔にOKを出していないのに、誰かに認められたいと願っている。
「ちほんりんは、元が美人なんだからさあ」
と言われると、ニンマリしているおバカな私。
美しく装っている人が、努力の結果で、他人からはきれいに見えるだけなのだとは知らなかった。
生まれつき美人なのよ
というように見えたけれど、
自宅ではいろんな努力をして、美しさをつくりあげていたのだね。
私は、努力が嫌いだ。
その必死さが、嫌いだ。
はいずりまわって、目を皿のようにして、
少しでもいいものを、
少しでも美しいものを、
少しでも値段の安いものを求める人を見下げていた。
泥だらけになって、汗をかいている人を軽蔑していた。
それは、やりたいことをやってこなかった人生だったからなんだと思う。
大学に行くように小学生のころから言われて、
必死で勉強して、国立大学に合格したのに、
「これだけ勉強すれば、受かるわよ」
と、当たり前のように母が親戚に言っているのを聞いた。
卒業して、たいしたところに就職しなかった私を、
「大学出たって、このざまじゃあね」
と、母はあざけ笑った。
あんなに頑張ったのに、バカみたい。
母の希望のために一生懸命やったのに、たいして認められもしないで悲しい。
くやしい。
もう、泥だらけになるのはいやだ!
そして、無表情で生きることを選んでしまった私。
母のせい?
引き金は母でも、自分でそう生きることを選んだのだ。
もう、汗はかきたくない、と。
だけど離婚して、はいずりまわらなければ生活していけなくなった。
おかげで、汗をかく楽しさを感じるようになった。
実家に出戻らなかったので、
何もかも自分の責任で家庭を運営していく。
そして、自分の自発的な行動のみが毎日の私を動かす。
もっともっと、はいずりまわろう。
汗をかき、涙を流し、顔をゆがめながら生きるのは、かっこわるいことじゃない。
だって、自分のやりたいことをやるためにはいずりまわるんだもの。
自分のために、汗をかくんだもの。
誰かに認めてもらうための汗じゃない。
自分がさわやかになるための汗だ。
(きりん@向日葵)気分爽快ボクササイズ ||次へ→
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