ココロ・実験・トライアル

いつも喧嘩になってしまうのは?なぜ?

三 美猫

 「ウチの上司がさ=!終業時間ギリで呼び出してさぁ!
 
  『この資料、明日の朝イチで使うから、作っておいて』
  
  とかって、とかって言うのよ~~!どー思うよ?
  
  それ、わたしに『徹夜で、お仕事よろしく~♪』ってこと?!」
  
  
 「そんなの、当たり前じゃん。あんた、雇われるているんだから。
  
  上司のご命令とあれば、たとえ火の中、水の中、徹夜で資料あげ
  
  るのくらい、当たり前じゃない」
  
 
 「え?当たり前なの~!」
 
 「そう、当たり前」

 「え~~~!当たり前なのおおおおお!?」
   
 ■
 
 「当たり前じゃん、そんなこと」
 
 ■
 
  で返されたときの、
 
 「突き放され感」「驚き感」ってぇーのありません?
 
 わたし、あります。ものすごく。
 
 だから、それを払拭せんとして、
 
 「い~や!それは、当たり前じゃない~~!」
 
 って言い返すんですけどね。
 
 
  ■
 
 でも・・・。どうなんでしょ。
 
 双方が、「自分の当たり前」を
 
 ふりかざしている限り、話は平行線のまま。
 
 永遠にココロ通わせるコトはできません^^;
 
  
 
┌───────────────────────
■ 実践編
 ~「カッときたときは、つぶやいてみよう!
     ”ふーん・・そういう○○○○もあるのか”と!」
└───────────────────────
 
 『みなさんの「当り前」だとおもいこんでいることの中に
 
 「全然当り前じゃない」ことがまざっているかもしれません。
 
   出典:「何をいまさら」ナンシ-関著(角川文庫)
   
   ~「3年学習」読者のみんなへの「メッセージ」~
   
   ■
   
   故・ナンシー関さんの著書から。
   
   この言葉、深いですよね。本には「ナンシー節」で
   
   軽いタッチで書かれているんだけど。
   
   とっても、深い。
   
   ■
   
   ほんと、「自分にとっての当たり前」って、じつは他人に
   
   とっては、ぜんぜん当たり前のことではなかったり・・・
   
   するんですよね。
   
   ■
   
   「じゃあさぁ!逆に考えてさ、
   
    ”ヒトのモノを盗んじゃいけない!”ってのは、
    
    ”わたしにとっては、当たり前じゃないから、
    
     盗んじゃうもんねーえへへ!”ってのアリですか!?」
     
   って・・。
   
   「当たり前論」を考えるとき、もちろん、「その程度」
   
   は考慮に入れなきゃなりません^^;
   
   ===
   
   「私の考え」でいれば、
   
   「まぁ、一般的に法律で 
   
     ”それは 当たり前じゃありませんーー#”
   
   って規定されているものについては、それに従いましょ」
   
   です。でも、
   
   それ以外のこと・・たとえば・・
   
   ■
   
   「お茶のペットボトルを買うとき、
     マスコット付を買うのが当たり前」
     
   「新幹線に乗るときは指定席をとるのが
     当たり前」
   
   「映画はひとりで観にいくのが当たり前」
   
   「目玉焼きは、黄身までキッチリ焼いてあるのが
      当たり前」
   
   「コーヒーはブラックが当たり前」
   
   「甘い玉子焼きは 玉子焼きと言わないのは当たり前」
  
     
    etc・・・
    
    なんてことに関しては、「わたしの当たり前」が
    
    全面に出てくる。
   
   ■
   
   「そりゃ違うだろ!?目玉焼きは、半熟がベストだろ!?」
   
   という声が、聞こえてきました!
   
   そう!そこ!そこなんです!
   
   
   ■
   
   「そりゃ、違う!」
   
   ■
   
   と思わず、叫んだところが、
   
   「アナタの当たり前」ラインなんですね。
   
   ■
   
   「目玉焼きの焼き方とか、どっちでもいーじゃん・・」
   
   って流せるヒトはそれでよい。
   
   んが、しかし、わたしのように、
   
   「い~~や!固い黄身こそ目玉焼き!」
   
   と言って譲らないヤツがいるわけで。
  
   
   ■
   
   話が「目玉焼き」であれば、かわいいもんだけど、
   
   もっと深刻な話題で、「自分の当たり前」だけを
   
   通していたら、いつまでたっても平行線ですしね。
   
   だから、わたしは、、
   
   「ソレは違う!」と叫ぶ前に、一呼吸置いて
   
   つぶやいてみることにしてます。
   
   ===
   
   「ふーん・・そういう”当たり前”もあるのか」
   
   ===
   
   と。
   
   ■
   
   そのヒトの提示した「当たり前」は、けっして
   
   アナタの「当たり前」と相容れないものかもしれません。
   
   でも、そのヒトもアナタと同じように相容れないものを
   
   感じているわけです。
   
   だから、一歩引いて、自分と相手の「当たり前」を
   
   俯瞰してみる。
   
   ■
   
   「ふーん・・そういう”当たり前”もあるのか」
   
   ■
   
   この言葉をつぶやくと、「平行線」の関係が、
   
   少し、変わってくるかも・・しれません。
   
   

┌────────────────────────
■ 検証結果
 ~「つぶやいたら楽になる!
         ”そういう○○○○がある!”」
└────────────────────────

  「そんなの、当たり前のことじゃん!」
  
  かつてのわたしは、それを乱発しておりました。
  
  それとともに
  
  ===
  
  ・「そうあるべき」・「こうあるべき」
  
  ・「そうするべき」・「こうするべき」
  
  ===
  
  という
  
  「自分で、勝手に決めたきまりごと」
  
  にがんじがらめになっておりました。はい。
  
  とても、きつかったです。
  
  ■
  
  もちろん今でも、それらすべてから解放されたわけ
  
  ではありません。
  
  いまでも、ときどき、いや、しょっちゅう、
  
  「それって・・?違うんじゃない?」って
  
  カっ~~とアタマに血が駆けのぼります。
  
  ■
  
  ヒトって、「自分が正義」なので^^;。
 
 その「正義」ってぇのを、グツグツ煮つめると、
 
 「自分の当たり前」ができあがるんですよね。
 

 
 だから、
 
  「自分の当たり前こそが正義!」と思い込み、
  
  「相手の当たり前」を声高に否定している自分がいたり
  
  します^^;
  
  なんたって、ほら「武闘派OL」って名乗っているくらい
  
  ですから!
  
  ■
  
  しかし・・・いけ好かないヤツと話をしていて・・
  
  「あ~もう、コイツとは、一生、仲良くなんかなれん!」
  
  と思ったとき・・・
  
  つぶやいてみるのです。
  
  「ふーん・・そういう”当たり前"もあるのか」
  
  と。
  
  ■
  
  そしたら、いままで、ぐっと肩に入っていた力が、
  
  すこーしだけ、抜けて、楽になる自分が居ります。
  
  ■
  
  自分の「当たり前」は、他人の「当たり前」を認めることで
  
  より柔軟で多様性のある質の高いものなると思うのです。
  
  ■
  
  だから、あなたもつぶやいて!
  
  「ふーん・・そういう”当たり前"もあるのか」




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