心の奥底から湧き上がってきた言葉で、自分を見つめよう

春の贈り物

ひまわりちほりん

「お母さん。
お子さんの目はほとんど見えていません。

幼児に時々あるのですが、
眼球そのものが未発達のため、
何処を見ても焦点が合わないのです。

斜視もあります」と。
(中略)


「(前略)
このまま放っておくと、
目は見ようとする努力をやめ、
失明の可能性もあります」

和地恵美著「春の贈り物」(日本文学館)より。

cover

親と子のコミュニケーションについての講演会に友人と出席したとき、
私は最後に質問した。

「私も子どももしゃべらないので食卓での会話がないのですが、
どうしたらいいでしょうか」と。


講師になにやら質問され、
私は最後はちょっと涙声になって、
「親に自分の話を聞いてもらえなかったので、
話をする癖がついていないんです」
と答えた。

講師に、
お母さんから話しかけること
子どもがしゃべらなくても責めないこと
と回答をもらい、
私は講演会で教わった「私メッセージ」で子どもたちに語りかけることにした。

「私メッセージ」とは、
「連絡もしないでこんなに遅く帰ってきて、だめじゃないか」
と言うのではなく、
「連絡がないから、お母さんはとても心配していたよ」
と、「私」を主語にして相手に気持ちを伝えるやり方である。

今までは私は、
食卓で何を話していいかわからず。

そしてしゃべらない親を見ていることもたちもまたしゃべらず、
私も子どもたちも黙ってご飯を食べていた。


よく、子どもがしゃべってうるさいくらいだという家庭があるが、
私はとてもうらやましく思っていた。

そして子どもが自由にしゃべれる雰囲気や、
子どもが話をするのを受け止められる力が親にあるのだなと感じ、
それがない自分を責めていた。

それで自分がしゃべれないから、
今度は子どもに質問攻めにしてみた。

「今日は、何の勉強をしたの?」
「今日は、何して遊んだの?」


でも、
子どもたちは「忘れた」とか、
何も答えなかったりも多く、
私はせっかく食卓の会話を盛りあげようとしているのにと逆にいらついて、
私の質問に答えない子どもに怒ったりしてしまった(恥)。

それで私は、
自分が今感じている気持ちを言うようにしてみた。


「今日のご飯はおいしいね!」

「おいしいおいしいって言って食べてくれると、
このお店に来てよかったなあって思うよ」

「ア~、眠くなっちゃったなあ」

普通の人にとっては当たり前に言っている言葉かもしれないが、
私は自分の感情を出すことは慣れていない。

それどころか、”あきらめて”いた!!


どうせ誰も、
親でさえも私の気持ちなんて受け取ってくれないからと。

だから何も言わずに、
感情を表して自分が傷つくくらいなら、
感情があることなんて消してしまえとポーカーフェイスを装ってきた。


本当はいろんな感情があるのに、
他人にも自分にも表現するのを”あきらめて”いた・・・。


あきらめたら、
何も言えなくなっちゃうんだね。

あきらめたら、
感情は本当に消えちゃうんだね。


私にとって目が見えることは当たり前だけど、
「目」自体が見ることをあきらめちゃうなんて、あるんだね。

私にとって、
感情を表すこと、しゃべることをあきらめて、
しゃべれなくなるのと同じように。


「私メッセージ」にして、
子どもがしゃべらなくても子どもを責めるのをやめたら、
他人の前でいい人ぶるのもやめたくなった。

いつでもどこでも誰に対しても、
「地の自分」を表現したくなったから。


いつも、自分の感情を表せる自分でいたくなったから。」




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