みんなのOUCHI
ただそれだけのこと
うちのら
何かいやなことがあって、
その原因を考えてみると、
だいたい、
許せない人、怒るべき人、恨むべき人がいたりする。
夜な夜な考えて、
「こうすればよかった。ああすればよかった。」
「あの人がああしなければ・・・。」
考え出すと、
貴重な睡眠時間を削り、犯人探しに精を出し、
すっきりするかと思いきや、
同じところをぐるぐる回って堂々巡り。
脳のボルテージだけ上がりっぱなしで、
手に汗握って、
ちっとも解決策にたどり着かない。
そのうち、空も白々空けてきて、
気づくと、ぐったり疲れて、
生きた屍は、もうろうと日中を過ごすことになる。
そんな経験、私だけかな~?
敵に全てを背負わせることは案外簡単な方法で、
簡単だから、ついついツブテを投げつけたくなる。
でもそれって、本当は、自分に投げていたりして・・・。
自分に投げると痛いから、反対方向に全力投球。
投げて消えたと思ったら、
消えるどころか倍増している。変だなあ。
反対に投げた思いは、地球を大きく一周大旅行して、
唐突に後頭部に激突してくる。
ああ、びっくり!!
そもそも、何が原因だっけ?
本当に、誰かが私をどうにかしたの?
本当に、誰かが私に強制したの?
本当に、誰かが私を傷つけたの?
原因があるから結果がある。
結果があるものにはもちろんきっと原因はある。
でも、
わざわざ恨むべき誰かを創る作戦は、
大体、徒労に終わることが多いのも確か。
そんなに相手が悪かった?
そんなに相手に悪意があった?
そんなに私は弱いの?
私は本当に被害者だった?
たまたま、
たまたま、事情があったのかも知れない。
たまたま、私でなかったのかも知れない。
たまたま、タイミングがずれたのかも知れない。
たまたま、相手が傷ついていたのかも知れない。
たまたまの偶然。
ただそれだけの事かも知れない。
本当は、
それだけのことで、
それは「私」を決して否定するものじゃない。
何でもないことに必然があるように、
許せない記憶の中に、偶然の思い違いがなかったかどうか?
すれ違いは誤解を呼び、
思い違いは不幸せを呼ぶ。
みんな幸せのために生きている。
自分の思う幸せのために。
私は一生懸命生きてきた。
たぶん、他の誰かもみんなそう。
ただ、それだけ。
ただ、それだけのこと。
そう思うことができたら
「生きる」ことが、
きっと、少し楽になる。

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