Calling れいちぇるのスマイルセラピー

生きるということ

れいちぇる

V.E.フランクルという人をご存知でしょうか。

フランクルは、ナチスの強制収容所に送られ、家族の多くを失いながら
生きることを諦めず、生還したウィーンの精神科医です。

そのフランクルの1946年に行われた講演をもとに出版された本に
「それでも人生にイエスと言う」があります。

生きることに迷ったとき、

   ただ、唯一無二のあなたの人生を、最善を尽くして生きること

それを静かに教えてくれます。


「ひとりひとりの人間がかけがえなく代理不可能なのです。」

「『人生それ自体がなにかであるのではなく、
  人生はなにかをする機会である!』」 


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<< 「それでも人生にイエスと言う」V.E.フランクル著 より >>


生きるということは、ある意味で義務であり、たったひとつの重大な責務なの
です。たしかに人生にはまたよろこびもありますが、そのよろこびを得ようと
努めることはできません。

よろこびそのものを「欲する」ことはできません。よろこびはおのずと湧くも
のなのです。帰結が出てくるように、おのずと湧くのです。しあわせは、けっ
して目標ではないし、目標であってもならないし、さらに目標であることもで
きません。

それは結果にすぎないのです。

ものごとの考え方を180度転換することです。その転換をしてからはもう、
「私は人生にまだなにを期待できるか」と問うこととはありません。いまでは
もう、「人生は私になにを期待しているか」と問うだけです。人生のどのよう
な仕事が私を待っているかと問うだけなのです。

私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。
つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。

人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。私たちは問われ
ている存在なのです。

生きること自体、問われていることにほかなりません。私たちが生きていくこ
とは答えることにほかなりません。そしてそれは、生きていることに責任を担
うことです。

なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは結局どうでもよいこ
とで、むしろ重要なことは、自分の持ち場、自分の活動範囲においてどれほど
最善を尽くしているかだけだということです。

活動範囲の大きさは大切ではありません。大切なのは、その活動範囲において
最善を尽くしているか、生活がどれだけ「まっとうされて」いるかだけなので
す。

各人の具体的な活動範囲内では、ひとりひとりの人間がかけがえなく代理不可
能なのです。だれもがそうです。各人の人生が与えた仕事は、その人だけが果
たすべきものであり、その人だけに求められているのです。

そして、より大きな活動範囲にほんとうにふさわしい働きができなかった人の
人生は、もっと狭い範囲でもそれをほんとうに満たした人の人生にくらべると
まっとうされずに終わるのです。

うらやんでいる人が自分の人生の責任がもっと大きいことに気付かずその責任
をまっとうしないなら、それよりもっとたくさんのことを行うことができるの
です。

自分の活動を通じて、もっと有意義で、もっと意味に満ちた人生をおくること
ができるのです。


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生きる意味は、自分で見つけていくもの。
私たちは、人生からそれを求められているという。
「人生の問いのコペルニクス的転換」


    人生は私になにを期待しているか


泣いても笑っても、一度きりの人生です。

自分がどんな人間かを決めるのは、自分がどんな決断したかということ。
これから、どんな決断をしていくかということ。


どんな決断をしていきましょうか。




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