繋がる!あったかコミュニケーション

人を責めることは、自分自身を責めること

かおりん

 こんにちは!こころのナースかおりんです。

 6月になりました。
 このメルマガでお伝えできるのも、
 ラスト1ヶ月となりました~。
 なんだかちょっぴり寂しいかおりんです。


 前回のテーマ「自分を許す」にも関連していますが、
 今回は、他の人や行為を「裁くこと」について、
 書いてみます。


 いきなり体験談から入りますね。

 数ヶ月前のある日、
 いつもスカイダイビングをしている飛行場での出来事です。

 パラシュートで着地する場所と、
 みんなが休んだり、パラシュートをたたんだりする場所は、
 400メートル程離れています。

 そこを、着地の前後、仲間に車で送迎してもらったり、
 歩いて移動したりしています。

 その間にある、滑走路の横の広い敷地を、
 飛行場が、芝生を植えたりして整備し、
 「空の広場」として、一般の方に利用できるようにしてくれています。

 週末には、家族連れが、そこにレジャーシートを広げ、
 離発着する飛行機を眺め、
 まったり過ごしているのを、よく見かけます。

 
 その広場を、私は、スカイダイバー仲間のAさんと一緒に、
 話をしながら、歩いて戻っていました。

 すると、その広場に、
 空き缶やゴミが入っているコンビニ袋が一つ、
 私たちが歩いている前方に、
 ポツンと落ちているのが見えました。

 みんなの憩いの場である広場に、
 他のゴミは落ちていないこともあり、
 それはとても目立っているように感じました。

 その時、私は、心の中で、
 「ちゃんと持って帰ればいいのに!ここに投げ捨てないで、
 ちゃんとゴミ箱に捨てればいいのに!」と、まず思いました。

 そして、最初は、「拾って持って行こうかな」と思いました。

 ・・・でも、だんだんそのゴミが近付くにつれて、

 「Aさんと話をしているし、
 まぁ、わざわざ、私が拾わなくてもいいや」って、
 拾わないことを決めました。


 その直後のことです。

 一緒に歩いていたAさんは、すっと、腰をかがめ
 すぐ側まで近付いていたそのゴミを、さっと拾い、
 そして、何事もなかったかのように、私との会話を続けたのです。


 すぐに私は、拾わないことを決めてしまった自分を恥じました。

 そして、Aさんの態度に驚きました。

 どうしてかというと、
 もし、私がその時、ゴミを拾ったとしても、
 必ず、こんなことを言ったと思うのです。

 「誰が捨てたのかな!?本当に常識がないですよね!」

 「どうしてこんなキレイなところに捨てるの!?
  信じられないですよね?」

 などと、文句&捨てた人への非難の言葉が、
 まず口から出ただろうし、
 照れ隠しもあるんだろうけど、
 Aさんにまで同意を求めたかもしれません。 


 それが、Aさんは、

 何も言わず、
 
 誰も非難せず、

 ただ、そのゴミを拾ったのです。


 「Aさん、参りました。」

 私はそんな気持ちでした。


 その時感じたことを、Aさんに話すことなく、
 時が過ぎていきました。

 でも、私の心の中では、何かが変わりました。

 そして、最近は、落ちているゴミに気付いたとき、
 全部は無理ですが、一つでもいいから、
 拾える時は、拾うようにしています。


 先日も、公園のベンチに座った時、その周りに、
 タバコの吸殻が落ちていました。

 いつもは、そのまま立ち去っていたけど、
 せめて、その周りの吸殻だけでもと、拾いました。

 そうして、ゴミを拾うと、すっきりしました。

 その場所だけでなく、自分の心の中までも、
 すっきりとし、清々しい気持ちになるのです。


◆ゴミをそこに投げ捨てる、
 確かに、許しがたい行為です。
 
 自分勝手な行為です。

 それを許せなく思う、その気持ち、
 もちろんわかります。

 私にもあります。

 
 ただ、その誰かを非難している怒りの気持ち、
 イライラした気持ちって、

 もしかしたら、
 過去に自分が同じことをしたことがあったり、

 その現実を目にしながらも、
 
 何もできていない自分自身への、
 怒りやイライラであるかもしれないのです。


 自分自身の中に罪悪感を持っていると、
 それを映し出している人や行為に、
 嫌悪感を抱いたり、拒絶してしまったりします。

 そうなんです、他人の行為の中で見つけると、
 その相手に対して、余計に怒りを感じてしまうのです。

◆人を責める、非難する・・・。


 聞いたことがありますか?

 人差し指で、誰かを指差して非難しているのを、
 想像してみてください。


 人差し指は、確かに相手を指しています。

 でも、中指から小指までの3本は、どこを向いていますか?


 3本は、自分を指差しているのです。


 1本は、相手。

 でも、3本もの指は自分に向いています。


 人への非難は、自分自身への非難。


 人を非難することで、自分をいじめているのです。
 
 人を許せないと強く思えば思うほど、
 自分のことを責め、許せないと思っているのです。
 


◆少し話はズレるかもしれませんが、
 ゴミを拾う話を例に出したので、
 そのよいサイクルも書いておきます。

 何も言わずゴミを拾うAさんを見た私が、
 影響を受け、ゴミを一つ拾ったとします。

 そして、私がゴミを一つ拾っているところを、
 誰かが見ていて、同じように影響を受けて、
 その人もゴミを拾ったとします。

 これだけで、確実に、3つのゴミが拾われ、
 その分キレイになりました。

 そして、ゴミを拾うことで、その3人は、
 自分を許すための一歩となる、
 かどうかはわかりませんが、

 少なくとも、清々しい気持ち、すっきりした気持ちで、
 その後の時間を過ごすことができるのです。


 そうして、イライラした気持ちではなく、
 清々しい気持ちで過ごすことができると、
 周りの人への態度も、
 自然と違ってくるような気がしませんか?

◆同じ事実でも、誰かを責めることに時間を費やし、
 結果的に自分自身をいじめるよりも、
 
 自分を含め、誰かが気持ちよく過ごせるための考えを持って、
 行動した方が、楽しかったり、嬉しかったりします。

 このゴミの話は、一例として書きました。


 あなたの中で、つい人を非難してしまうこと、
 どんなことですか?


◆最後に、

 「それでも、つい非難してしまう私を許します。」

 そんな自分も許しちゃいましょう。

 
 前号の「自分を許す」ということにつながりますが、

 その行為を許したら終わりだ、
 その考え方を許したら終わりだ、

 ではなくて、まずそれを許すことで、
 逆に、その行為が減ってくるような気がしています。


 正しいか、正しくないか、という基準とは、
 ちょっと違うのです。

 そういう自分を許したからといって、
 そういう自分にどんどんなっていくのではなく、

 むしろ逆で、
 許すからこそ、
 それらが暴れなくなるのです。

◆今日のまとめ

 
 人や行為に対して、非難している怒りやイライラ、

 もしかしたら、
 過去に自分が同じことをしたことがあったり、

 その現実を目にしながらも、

 何もできていない自分自身への、
 怒りやイライラであるかもしれません。

 自分の中にある罪悪感が、
 その人に映し出しているのかもしれません。


 人を責めることは、自分自身を責めること。
 
 
 誰かを責めるのではなく、
 自分を責めるのではなく、
 許してみよう。

 自分を含め、みんなが気持ちよく過ごせて、
 楽しさや嬉しさを感じられるような方向へ、
 進んでみませんか?


◆何をしていいか、わからないあなたへ。

 とりあえず、

 何も言わず、

 何も考えず、

 1日1個、ゴミを拾ってみませんか?

 拾えない日があってもいいんです。

 拾える時に、1個拾ってみてください♪

 
 もしこれが、自分や人を許すことにつながったら、
 ラッキー!っという感じで、
 軽い気持ちで、とにかくやってみてくださいね。(^^)/


 
 あなたの心に安らぎと優しさが溢れ、
 今この時を、大切に過ごされますように☆




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